監査部会で公開草案が示された
2026年10月2日に開催された企業会計審議会 第57回監査部会で、「監査基準の改訂について(公開草案)」と新旧対照表が示されました。今回の改訂は、国際監査・保証基準審議会(IAASB)が改訂した2つの国際監査基準、すなわち継続企業に関するISA 570と、不正に関するISA 240への対応を検討したものです。
結論を先にまとめると、改訂の中心は「継続企業の前提」であり、不正については監査基準そのものは改訂しないという整理になっています。以下、実務への影響が大きい順にポイントを解説します。
ポイント1:継続企業の前提の評価期間が「承認日後1年」へ
現行実務では、監査人が継続企業の前提について経営者の評価や対応策を検討する合理的な期間は、少なくとも決算日から1年間とされています。公開草案では、この期間を少なくとも「財務諸表の公表の承認日」後1年間までとする方向が示されています。
たとえば3月決算で6月下旬に財務諸表が承認される会社であれば、これまで翌年3月末までだった検討範囲が、翌年6月下旬頃まで約3か月延びるイメージです。資金繰り計画や借入金の返済・借換え予定、財務制限条項(コベナンツ)の判定時期などを、より長い期間で確認することになります。
「財務諸表の公表の承認日」の定義は、適用される会計基準に従い、定めがない場合は監査人が適切に判断するとされています。あわせて、企業会計基準委員会(ASBJ)では、経営者による継続企業の評価期間を同様に「承認日後1年」とする会計基準の開発が進められており、会計と監査の両面から足並みをそろえる方向です。
実務上のポイント
継続企業の前提に関する評価期間が延びると、資金繰り表を更新するだけでは足りない場合があります。売上・費用の前提、借換えの見込み、未実行の資金調達、親会社支援の実行可能性など、計画の根拠資料をそろえ、前提が崩れた場合の感応度も検討しておくと、経営者の評価を説明しやすくなります。
ポイント2:重要な不確実性が「ない」場合も、監査報告書に継続企業の前提を記載
現行の監査基準では、継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められ、適切な注記がある場合などに、監査報告書に独立した区分を設けて記載します。公開草案では、継続企業を前提とした財務諸表の作成が適切であると監査人が判断した場合、重要な不確実性が認められないケースでも、継続企業の前提に関する事項を監査報告書に記載する方針が示されました。
ここは「すべての企業の監査における基本的な記載」と「上場会社等に求められる追加説明」を分けて理解する必要があります。まず、重要な不確実性が認められない場合には、上場会社等に限らず、監査報告書に継続企業の前提に関する独立した区分を設け、監査人の結論に相当する事項を記載する方向です。さらに、上場会社等で、経営者が「重要な不確実性は認められない」と結論付けるに当たって重要な判断を行っている場合には、経営者の評価を監査人がどのように検討したかを説明することが求められます。重要な不確実性が認められる場合も、従来の記載に加え、上場会社等における検討内容の説明が論点となります。
背景には、いわゆる「注記に至らない」ケースの存在があります。平成21年改訂以降、継続企業の前提に疑義を生じさせる事象があっても、経営者の対応策を勘案して重要な不確実性がないと判断されれば、継続企業の前提に関する注記を要しないことがあります。その結果、財務諸表の利用者には判断の過程が見えにくいという課題がありました。今回の改訂案は、監査報告書の情報価値を高める狙いがあります。特に追加説明では、定型文ではなく当該監査に固有の情報を示すことが重要とされています。
監査報告書の記載を整理すると
①重要な不確実性がない場合:継続企業の前提に関する監査人の結論に相当する記載を行う方向です。②重要な不確実性があり、注記が適切で無限定適正意見を表明する場合:従来の「継続企業の前提に関する重要な不確実性」区分で記載します。③上場会社等では、経営者が重要な判断を行ったケースなどに、監査人の検討内容について、より具体的な説明が求められます。なお、継続企業を前提とする作成が不適切な場合や注記が不適切な場合には、監査意見への影響を別途検討します。
ポイント3:不正対応は「監査基準は改訂せず、実務指針で対応」
改訂ISA 240(不正)については、日本は平成25年に設定した不正リスク対応基準で、不正による重要な虚偽表示を示唆する状況への対応などを既に求めているため、監査基準と不正リスク対応基準の改訂は行わないとされました。不正の疑いを識別した場合の手続や、不正に関連する「監査上の主要な検討事項(KAM)」に不正に関わることが分かる見出しを付けるといった個別の対応は、日本公認会計士協会の実務指針で手当てされる見込みです。
一方で公開草案は、不正に対する一義的な責任は経営者にあることを改めて示し、コーポレート・ガバナンスを含む幅広い取組みの重要性に言及しています。監査人に対しては、上場会社に限らずすべての監査で職業的懐疑心の重要性を再認識するよう求めています。
適用時期と、企業が今から準備すべきこと
改訂監査基準は、2028年(令和10年)3月決算に係る財務諸表の監査から実施する案となっています。2026年10月時点では公開草案であり、確定版の内容、関係法令の整備、日本公認会計士協会の実務指針の整備状況を継続して確認する必要があります。
企業側では、次のような準備を早めに進めておくと安心です。
- 承認日後1年をカバーする資金繰り計画・事業計画を作成できる体制にしておくこと
- 借入契約のコベナンツや返済スケジュールを一覧化し、評価期間内の到来分を把握すること
- 有価証券報告書「事業等のリスク」の重要事象等の記載と、継続企業の評価との整合性を確認すること(監査人は「その他の記載内容」として通読・検討します)
- 監査役等・監査人と、継続企業の評価プロセスや監査報告書の新区分について早期に協議すること
社内で準備しておきたい証拠の例
月次資金繰り表、資金調達契約書・借換え交渉の記録、財務制限条項の計算資料、取締役会で承認された予算、主要前提の感応度分析、監査役等への報告記録などを、更新日と作成責任者が分かる形で管理すると実務対応が円滑になります。
継続企業の前提は、業績が悪化してから慌てて対応しても間に合わないテーマです。改訂の趣旨を踏まえ、平時から評価プロセスを整えておくことが、投資家からの信頼につながるでしょう。
出典・参考資料: 金融庁「企業会計審議会監査部会(第57回)資料1・資料2」(2026年10月2日)、同第56回議事録(2026年4月24日)。一次資料:https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/siryou/kansa/20261002/261002.html 本稿は公開草案段階の内容に基づき、確定版で変更される可能性があります(確認日:2026年10月11日)。
SMASH国際監査法人のサポート
継続企業の前提に関する評価や監査報告書の記載は、資金繰り計画、借入条件、経営者による重要な判断など、複数の論点が関わります。特に初めて監査を受ける企業や海外親会社への報告が必要な企業では、早い段階から監査上の論点を整理することが重要です。SMASH国際監査法人では、会社法監査、任意監査、外資系企業監査、連結財務諸表監査などに対応しています。監査のご依頼や監査基準改訂への対応に関するご相談は、お気軽にお問い合わせください。
お問い合わせ先:SMASH国際監査法人
Email:info@smash-international.com |
