負債の監査は「過少計上」を疑う

前回は、資産の監査では過大計上を疑い、「実在性」と「評価」を中心に確かめることを解説しました。負債の監査は、その裏返しです。

負債の監査を理解する一つの切り口は、「負債の過少計上」です。負債が小さければ会社の財政状態は健全に見え、費用の計上を翌期に遅らせれば当期利益は増えます。そのため、買掛金・未払金などでは、計上すべき負債がすべて記録されているか(網羅性)が重要な検討事項になりやすいのです。ただし、すべての負債で網羅性だけが最重要というわけではなく、借入金の表示や引当金の評価など、リスクに応じて重点は変わります。

もちろん、それ以外のアサーションも確かめます。借入金のように金額が契約で決まっている負債では正確性や表示(流動・固定の区分、注記)が、引当金のように見積りを伴う負債では評価が重要になります。

テストの方向は「証拠 → 帳簿」

網羅性の検証には、資産とは逆方向のテストが必要です。帳簿に載っている負債をいくら確かめても、「載っていない負債」は見つからないからです。

そこで監査人は、請求書、納品・検収記録、契約書、期末日後の支払記録など、帳簿とは別の資料を出発点にして、それらが帳簿に適切に反映されているかをたどります。これをトレーシング(tracing)と呼ぶことがあります。特に負債の網羅性を検証するときに有効な発想ですが、負債のすべての監査手続がこの方向で行われるわけではありません。

代表的な手続:未計上負債の検討

負債の網羅性を確かめる代表的な手続が、未計上負債の検討(サーチ・フォー・アンレコーデッド・ライアビリティーズ)です。

具体的には、期末日後の一定期間に行われた支払や、期末日後に受け取った請求書を抽出し、その取引が期末日までに発生していたかを調べます。例えば3月末までに検収済みの物品について、4月に請求書が届き、4月に支払われた場合、3月末時点で買掛金等の計上が必要となることがあります。もっとも、期末日後に支払われていない負債も存在するため、支払記録だけでは網羅性を保証できません。

決算業務の観点では、期末日前後の請求書の締め処理、検収基準での計上ルールの徹底、部門からの請求書回付の遅れの防止などが、この手続での指摘を減らすポイントです。

未計上負債の検討で使う資料

期末日後の銀行出金明細・支払一覧だけでなく、期末日前後の仕入・検収一覧、請求書受領台帳、仕入先別の取引一覧、支払未了の契約・発注書なども候補です。期末日後に支払われていないものや、請求書自体が遅れて届くものを見落とさないためです。

勘定科目別に見るアサーションと監査手続

買掛金・未払金

買掛金については、必要に応じて取引先への確認を実施します。網羅性を重視する場合、期末残高の大きい先だけでなく、年間取引量が大きいのに残高が小さい先やゼロの先を対象に含めることがあります。帳簿上の残高一覧だけに依存せず、仕入先マスタや年間取引高、納品・検収情報などから母集団を検討することが重要です。

あわせて、仕入のカットオフ・テストで、期末日前に受け入れた物品の仕入計上が翌期にずれ込んでいないか(期間帰属)も確かめます。

借入金

借入金は、金融機関への残高確認で網羅性・実在性・正確性を確かめるのが基本です。資産の回で解説した預金の残高確認では、預金だけでなく借入金や担保、保証の有無についても回答を得るため、帳簿に載っていない借入や担保提供がないかの検証にもつながります。

さらに、金銭消費貸借契約書を閲覧し、返済条件、担保、財務制限条項(コベナンツ)を確かめます。コベナンツに抵触した場合は、契約上の期限の利益や金融機関による権利放棄・条件変更の有無とその時点などを検討し、必要に応じて借入金の流動・固定区分や注記への影響を判断します。「抵触=必ず短期区分」と機械的に決めるわけではありません。また、資金繰りや借換えの見通しは継続企業の前提の検討にもつながります。

引当金

賞与引当金、製品保証引当金、工事損失引当金などは、適用会計基準の認識要件を満たす将来の費用・損失について、合理的に見積もって計上します。退職給付引当金も重要な見積り項目ですが、退職給付会計の定めに沿った検証が必要です。主な監査上の着眼点は、計上すべき事象の網羅性と金額の評価です。

監査人は、経営者の見積方法、使用データ、重要な仮定(割引率、発生率、将来の工事原価など)の合理性を検討し、必要に応じて独自の見積りと比較します。前期の見積りと実績を比較する遡及的検討を通じ、経営者の見積りに偏りがないかも調べます。上場会社等の監査では、見積りの不確実性などを含め、当年度の監査で特に重要と判断された事項が監査上の主要な検討事項(KAM)に選定される場合がありますが、すべての重要な見積りが自動的にKAMとなるわけではありません。

例:賞与引当金の監査

期末までの勤務に対応して発生した賞与見込額について、支給規程、過年度の支給実績、人員・評価情報、決算後の支給予定などと突き合わせて検討します。金額の計算だけでなく、対象者・対象期間が漏れていないかも確認する点がポイントです。

偶発債務・訴訟

帳簿に現れていない可能性のある債務の代表例には、訴訟や債務保証に関する偶発債務があります。ただし、すべての偶発債務が直ちに負債計上されるわけではなく、適用会計基準に従い引当金の計上要否や注記の必要性を判断します。監査人は、議事録の閲覧、顧問弁護士への照会、経営者への質問などを通じて、重要な事象が漏れていないかを検討します。経営者確認書も入手しますが、それだけで他の監査証拠に代えることはできません。

まとめ:負債の監査は「漏れていないか」を外から探す

負債の監査では、帳簿の外にある証拠から出発して「計上漏れはないか(網羅性)」を確かめることが中心になります。そのうえで、借入金の契約条件や引当金の見積りを通じて、金額(評価)や表示の妥当性を検証していきます。

資産と負債の監査を対比すると、資産の過大計上リスクには「帳簿 → 証拠」、負債の計上漏れリスクには「証拠 → 帳簿」という検証の方向が役立ちます。ただし、これはリスクを理解するための基本的な図式であり、すべての資産・負債に一律に適用される監査手続ではありません。実際には、個々の勘定科目とアサーションに応じて監査手続を組み合わせます。

関連記事: 【監査の基礎】会計監査は何をしているのか(アサーションとリスク・アプローチ) / 【監査の基礎】資産の監査で確かめるアサーション

参考資料: 日本公認会計士協会「監査実務指針等」(監査基準報告書315・505・540・580等) https://jicpa.or.jp/specialized_field/publication/kansa/

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